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魅せられて・・・バーミーズ


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【飛駒中山猫額】

2006.03.23(06:02) 256

『ねこいろいろのものがたり』

…句集「チビ」より…

(文中の俳句は今は亡き常国氏の句集「チビ」から引用させて頂いています)
    
…ものごころついた頃から、私の家には猫がいました。…

     気がつけば猫膝に居る夜寒かな

 祖母がいて、母がいて、姉がいて、女だけの4人家族。でもそこには必ず猫が家族の一員として重要な役割を果たしていました。私の記憶に残る一番古い猫は『ピヨ』。かわいい名前には似つかわしくない堂々とした大きな子で、でも、もしかしたら大きいと感じたのは私がまだとても小さかったせいかもしれません。夜休むときにはピヨを抱いて眠る権利を姉と競うのが日課でしたが、それもいつしか私だけの特権のようになっていました。
 お顔の頬のところと頭部から背中にかけて黒褐色の鯖虎模様、あごからおなかにかけてはきれいな白、緑の目、長いまっすぐなしっぽ、気に入らないことがあったり、呼ばれてもお返事するのが面倒なときにはその長いしっぽでパタンパタンと畳を打って応えます。

      名を呼べば尻尾で応え猫の夏

      はたはたと猫の尾が打つ秋畳

 10年以上もの間、彼は我が家の唯一の男性として、私たちを守ってくれました。
 ピヨが長寿を全うした後、ミミタという雌猫がやってきました。彼女がどのような経緯で我が家にきたのか覚えていませんが、不思議なことにピヨと同じような鯖虎模様と白の、でも白い部分がピヨよりは多めのスリムな猫でした。とても癇の強い猫であまりべったりタイプではなかったような気がします。彼女が一人前になってシーズンが到来すると、何頭かの雄猫が家の周りに集まってきましたが、ミミタは美形好みだったようで、産まれた子猫は、求愛猫のなかでも美しいひときわ目につく雄にそっくりでした。秋の日の暖かい日だまりの中、縁側で子猫と午睡するミミタ、母猫としての自信から体つきに優しさが加わっていました。縁側の前の庭には樹齢百年近いという古い古い柿の木があって、夕日のような大きな黄金色の実をたわわに実らせていたあの秋の日の午後。

      柿落ちて昼寝の猫のみじろぎぬ

 飛ぶように早く流れる年月の遠い彼方においてきてしまったと思っていた記憶が、「チビ」を読むうちに次々とよみがえってきます。
 
 クリは全身しましま模様のミミタの娘。ミミタを避妊した後はそのクリちゃんが子猫を生みました。その中に一匹だけ真っ黒な子猫がいて私はその美しい黒い子猫にすっかり夢中でした。ブラッキーと名付けたその子は、私と共にお嫁入り。彼女のお婿さんは前もって送り込んでおいたチョビタン。愛嬌のある大きなギョロ目の、やはりピヨと同じ模様、立派なおひげのハンサムさんでした。
 栃木県益子町で送った新婚時代、チョビタンとブラッキーも仲むつまじく新婚生活を私たちと共に送り、子孫繁栄に努めてくれました。


     猫が居て川の字になる昼寝かな

 
 今でこそ益子町は陶器の町として名が知られていますが、当時は今ほど有名ではなく、文化的に開けてもいなかったため、ちょっとしたことでも動物を獣医さんに連れて行く私たちは「変な人」だったようです。ぺぺとグロンサンという親子の犬たちもいて、毎日畑の中の道を向かいの山まで散歩に行くのが日課でしたが、毒団子事件という恐ろしい事件が頻繁に起きて、グロンサンも被害に遭い命は取り留めたものの、そのような土地からは一刻も早く逃れたいという思いが、現在のこの飛駒中山猫額という永住の地と出会うきっかけとなりました。
 主人の仕事に必要な薪を使う登り窯を築かなければならないので土地をあれこれ物色していたとき、山道を案内して下さっていた土地の方が、
「ここはネコッピティってところなんですよ」
「え?ネッコピティ?」
「ええ、猫の額ほどの土地って意味と猫の額のように暖かいって、そんなとこからついた名前なんでしょう」
 思わず私はキヨシさんと顔を見合わせました。

 “ここは私たちの場所!”

 ブラッキーと6匹の子供たち、2匹の犬たち、キヨシさんと私、11名に増えた我が一家は飛駒中山猫額に移り住むことになりました。
 20年も前のことです。
 やがて避妊手術の失敗から1年以上もの間の闘病生活の末、ブラッキーが凄絶な最期を迎え、今でいうところのペットロスから私は身体をこわして入院。やっと退院したものの気が抜けたようになってしまった私を気遣って、ブラッキーに似た褐色の猫、バーミーズ種を飼ってみようとキヨシさんから説得されて、不承不承ではありましたが純血種猫なるものに初めて目を向けたのですが、これがまぁとんでもない道を歩むことになるそもそものきっかけでした。

 バーミーズと共に始まった生活は、それまでの猫好きさんとは異なる形態をとらねばなりませんでした。 猫たちが自由に行動できる環境で飼うことに、ここでピリオドが打たれたのです。

 「チビ」の句集を拝見しながら、過ぎ去った日々への懐かしさが胸にあふれ、あふれました。
 古い家の縁側で、カサカサと音を立てて柿の葉が落ちる音を聞いたあの日、日差しの中で大きな甘い柿の実がまぶしく輝いてミミタがいて、子猫たちがまつわりついて、おばぁちゃんがお台所でカタカタと包丁の音をたてて、おいしそうな夕餉の香りが夕闇と共にあたりに漂った懐かしい日々、猫がいた家、いつでも猫が家の中心だった私の家・・・・・
 
      
      猫といて猫と送るや年の暮れ
 
 
 
 現在、我が家には甘ったれバーミーズがお膝や肩に鈴なり!
 相変わらず猫に明け猫に暮れる日々。
      【猫たちが幸せなら私も幸せ、
       私が幸せなら猫たちも幸せ】
  をモットーにしています。
 
 



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